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| 中国竹林現地調査 [広東省 懐集県] 香港から北西へ高速バスで3時間、経済解放区広州市に入り、これより、更に車で時速100キロ以上を保ち3時間北上すると懐集県に着きます。付近は、古くから竹を利用した産業が盛んで、至る所に野生の竹林と製材所があり、生育に適した自然条件を備えていると思われます。 ここ懐集は20世紀初頭から各国に向けてフライロッド用の竹を輸出した実績を持っていて、現在も続いています。中でも西河流域河岸は、竹林が多くおよそ3種類の竹で占められています。流域には、太さ10cm以上になる「麻竹」3cm程の「青竹」が多く、山の中腹以上は「茶竹」です。それぞれ竹産品(カゴ等)に加工され、主に輸出されています。このなかでフライロッドに最適と呼ばれる竹は、ごく限られた条件の地域でのみ産出します。現地政府係官の説明では、年間約2000本が限度とのことです。また、生産農家は、フライロッド用との認識は無く輸出公社の指定するものを伐採して納めています。 余談ですが、最近良質のトンキンケーンが入手困難と言われているのは、世界的な需要増加にもかかわらず供給が一定の為に起きていることがこれで分かりました。 |
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| 岩山に育つ 現地は、西河を舟で対岸に渡り、狭い山路を40分程バイクで登った所にありました。道が滑りやすく、曲がりくねっており、雨後は歩いて登るしかない為に、地元の人を除けば開山以来初めて訪れた外国人とのことです。 |
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| 現在は中国政府から山を借り受けた農家の人達が集落を作り、伐採作業に携わっていると説明されました。幸い当日は天候も良く政府役人、輸出公司、地元農民と大勢で農作業の人々を避けながら、バイクの爆音を轟かせながら登りました。まるでお祭り騒ぎのようでした。 | ||||||||||||||||||||||
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| ここは、山全体が岩山で、世上語られる「赤土の山」とは全く異なり、全山が泥岩、砂岩、礫岩で構成されていて、太古、パンゲア大陸以前は海底であったことが想像できます。 林床は山の北側急斜面で、風化したこれらの砂泥と腐葉土が、20cm程堆積し、その下は岩となっています。 | ||||||||||||||||||||||
| 日本でも古来から言われている様に、竹成育の最良の条件「北側斜面で、水ハケの良い」を完全に備えた場所です。 |
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| ここの下流域には、岩山から流れ出した砂泥が堆積し、長い間に赤色の山を形成した場所が多く見かけられます。そこにも、茶竹が生育し、輸出もされていますが、係官の説明では、少し柔らかく、焼き入れ後、直径方向の縮みが大きい特色を持っています。この竹で過去に製作されたものと同様の良質なフライロッドを創りだすことは困難でしょう。 | ||||||||||||||||||||||
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| 茶桿竹(トンキンケーン)の生育 竹は、地下で根を張り、地上に向かって桿を伸ばします。新しく根を生長させた一年目の竹は、根からおよそ大人の小指程の直径を持つ竹が成育します。これが年月を経て、10年生の根となると、約5cmの直径を持つ桿が獲れます。 |
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| 古い根は枯れていくので、2.5インチ程が最大です。また、パワーファイバーは下から上まで一本に繋がっていて、総本数は3000本程と決まっていますから、水膨れ的に肉厚であったり、ただ直径の太いものは単位面積当たりのパワーファイバーの占める割合が少なくなってしまいます。 | ||||||||||||||||||||||
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| 粗削りを済ませた竹をバインドし、オーブン処理を行ったときにあまりにも糸が緩むのはパワーファイバーの間隔が広く縮みが大きいことが原因です。単位面積に占めるパワーファイバーの量が不足していることになり、海綿質が多く、縮みも大きいと考えて下さい。 | ||||||||||||||||||||||
| 地質的には 岩山は、全体を見ると上部は赤色の岩、下部は黄土色をしています。更に、懐集北西部には桂林と呼ばれる石灰岩の侵食によって山を形成した、日本人観光客も多く訪れる名勝があることを考え併せると、太古、懐集は海底で砂礫と黄土が先ず堆積し、その上へ赤色土が堆積し水成岩となったものが隆起して大陸を形成したと推測できます。 その後、風化した砂泥が雨で流れ出し、現在の下流部丘陵地帯と、広大な赤色平野部を創りだしたと考えられます。車で走ると、この土を山腹で焼成している窯があちらこちらで見ることができ、現地の家並みはほとんどが赤レンガ造りとなっていました。 |
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